
私が一番ドン底だった時、救ってくれたのは第2部のシーザーだったわ。彼が最期に、自分の命を懸けてジョセフに解毒剤入りのシャボンを託したあのシーン。**『自分が死んでも、意志は託せる』**って。双極症の波に飲み込まれそうな時、『自分がいなくなっても、この子のために何かを遺せるか』って必死に考えたのと重なったの。

……そうだね。僕は、第4部の吉良吉影の**『植物の心のように平穏に生きたい』**という言葉に、皮肉にも共感してしまうんだ。大きな野望なんてなくていい、ただ普通に、静かに家族と過ごしたい。病気(リハビリ)を経験すると、その『普通』がいかに難しくて尊いかが、痛いほどわかるからね。

でも、親の愛って難しいわよね。6部の承太郎なんて、娘の徐倫が不良になって逮捕されるまで放っておいたし、正直『父親失格』じゃない?(笑) でも、彼が婚約宣言(!)された時に、さりげなく徐倫の前に立って守ったあの一コマ。あれに、不器用すぎる彼の愛が全部詰まってた気がするわ。

言葉は足りないけど、命を懸けて守る……承太郎らしいよね。僕たちも不器用だけど、息子には何かを感じ取ってほしいな。彼はもう、『凄まじい暗記力』というスタンド能力を発現させているみたいだし(笑)。

本当ね。あの子の暗記力は、もしかしたら『ヘブンズ・ドアー』で人生を読み解いているのかも。私たちはジョニィやジャイロのように、この荒野(サバイバル)を走り続けるしかないけれど……その先にはきっと、納得できる『真実』があるはずよ。
【ブログ記事:まとめ】
「運命」という名の嵐の中で、私たちが掴み取ったもの
今回の対談を通じて、改めて気づかされたことがあります。
それは、私たちが大好きな『ジョジョ』という物語は、単なるフィクションではないということ。絶望の淵に立たされたシーザーが遺した「意志」や、平穏を願いながらも戦わざるを得なかった吉良の「葛藤」、そして不器用すぎる承太郎の「愛」。
それらはすべて、双極症の荒波に揉まれ、リハビリに励む私たちの「今」そのものでした。
- 「手抜き」は逃げではない。 明日を生き抜くための「覚悟」である。
- 「普通」は当たり前ではない。 家族で笑って食卓を囲める、最高に「ハイ!」な奇跡である。
息子には、いつかこのブログを読んでほしい。
「パパとママは、ボロボロになりながらも、ジョジョみたいに格好よく(時には泥臭く)生きていたんだな」と、彼の凄まじい暗記力で(笑)、心に刻んでくれたら嬉しいです。
私たちのサバイバル・レースは、まだまだ第7部(SBR)のように続いていきます。
でも、隣に「相棒」がいれば、どんな漆黒の殺意(絶望)にだって立ち向かえる。
「納得」は全てに優先する。
私たちは、自分たちの人生に納得できるその日まで、このキッチンから黄金の回転を回し続けます!
もうすぐ7部アニメスティールボールランの配信日ですね(3月19日Netflixにて配信)
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