凪を待つ、重たい1日

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注)今日はママが激鬱でした。

カレンダーの上では春の足音が聞こえてくる時期だが、今日の私の心は、深い底に沈み込んだまま動けない「激鬱」の中にあった。身体が鉛のように重く、思考の糸は途切れ途切れ。這い出すことのできない暗闇の中に閉じ込められたような、そんな感覚だ。

今日という一日、私が家族のためにできたことは、息子の迎えだけだった。それ以外の時間は、ただ過ぎ去る時間をやり過ごすことしかできなかった。かつての私なら、そんな自分を激しく責めていただろう。けれど、今の私たちは、それぞれが「抱えているもの」があることを知っている。

ママが動けないことを悟り、パパは迷わず「ノー残業」で帰宅してくれた。左半身にまひの後遺症を抱えながらも、彼は今の自分にできる精一杯の機動力で、家庭の崩壊を食い止めてくれる。今日の夕食の食卓に並んだのは、手の込んだ料理ではない。チンするだけのレトルトや、買ってきたお惣菜。けれど、この「間に合わせ」こそが、今の私たちパーティが全滅しないための、賢明で、かつ最善の選択だった。

鬱の波が一番高いとき、視界は極端に狭くなる。私は逃げ場を求めるように、パパに「離婚」という言葉を突きつけた。今の自分と一緒にいても誰も幸せになれない、そんな絶望感からの叫びだった。しかし、パパは私の言葉をただ感情的に受け止めることはしなかった。

「重要な決断は、体調の悪い時にするべきではない」

その静かで、筋の通った言葉に、私はかろうじて現実に繋ぎ止められた。身体の不自由さをリハビリで乗り越えてきた彼だからこそ、その言葉には「今は待つべき時だ」という重みと、ある種の諦観を伴った優しさがあった。

そばでは、4歳の息子がYouTubeを眺めて、自分だけの世界を楽しんでいる。ASDの特性を持つ彼にとって、この平穏なルーティンがどれほど大切かを、私たちは知っている。彼が笑っていられるなら、今日が「レトルトの日」であっても、それは家族としての一つの正解なのだ。

完璧な一日ではなかった。むしろ、ボロボロで、綱渡りのような一日だった。それでも、私たちは今日を乗り切った。離婚という言葉を飲み込ませてくれたパパと、YouTubeの光の中で笑う息子と、そして何とかお迎えにだけは行った私と。

今はただ、この重たい波が少しだけ引いていくのを、静かに待っていようと思う。私たちはまだ、同じ家の中にいる。それだけで、今日の納得とする。


大人は麻婆豆腐を食べました。


息子はこども用ボンカレーを食べました。


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